お酒を頼むのは未だに照れるが、酔いが “ほしい”ワケ(俳優・竹中直人コラム “ほしい”の想い出02)
酔うって、本当に楽しいな
舞台をやるといつも、高校や大学の同級生が見にきてくれる。終演後にみんなとお酒を飲むのがとっても楽しい。つい最近も、多摩美時代の男友達が舞台を見にきてくれて、みんなで飲みに行ったんだ。昔と違い、みんなタバコをやめてるんだけれど、たまたま入ったお店がタバコを吸えるお店でタバコも置いてあったんだよ。
「久しぶりにハイライト吸ってみない?」ということになって、みんなでハイライトを吸ってみたんだ。お店に置いてある100円ライターで火をつけてね。タバコを吸いながらみんなが言った。
「うわぁ…… 懐かしい味……!」
「学生時代を思い出すね……」
全員70手前の高齢者なんだけれど、そのときの顔はもうあのときの顔さ……。そんなふうにずっと変わらないともだちとお酒を飲んで酔っ払うのはとっても楽しい……。
昔は全くお酒が飲めなかったんだよ。少し飲んだだけでも顔が真っ赤になってさ。心臓がバクバクしてしまう。それと飲みの席が好きじゃなかった。ぼくの時代は酔うと喧嘩が始まったり。思考の違いとかでね。
「それはお前おかしいだろ?!」
「え? 何が違うって言うんだよ?!」
「表出るか?!」
とかね。
酔って喧嘩して友情を深めるとでも言うのかな…… それが嫌だった。とにかく酔うとみんなの声が大きくなるのも苦手だったんだ。だから、ずっとお酒の席は避けてきた。「さぁ、飲みに行くぞー」ってみんなでゾロゾロ飲み屋さんに向かう。そして到着したら、目立たないようにそっと帰ってたな。どうしてもみんなの中に入らないといけないときは乾杯までやって、トイレ行くふりをしてそっと帰ってた。
とにかく人が集まる場所が本当に苦手だったんだ。
みんなで「かんぱーい!」と言ったあと「ちょっとトイレ行ってくるね」って、そのまま帰るのは本当になんとも言えない解放感があったな。
苦手な繁華街の風景がぼくを優しく包んでくれてるような。やったやった解放されたって小走りで駅に向かうんだ。
電車のドアに持たれて流れてゆく景色をぼんやり眺めながら帰って行く時間が好きだった。
ひとりのミュージシャンが優しくぼくをいざなってくれたのさ
近々、エッセイ本を出すからさ、なんだか全てを言いたくないんだ。ぼくにお酒を教えてくれた人がいます。さて誰でしょう?
何度かインタビューでその話はしているので、たまたまそれを読んでしまった人は知ってるだろうから想像してね。
東京○○○○○○○オーケストラの○○さんさ!
ぼくがめちゃくちゃ落ち込んでいたときにそっと声をかけてくれたんだ。
「飲みましょう」って。
その人はとても優しくてね。
「酔っ払うってこんなに楽しいんだ」と、そのとき初めて思えたんだ。ぼくが子供の頃、父はかなりのお酒飲みで、酔うとまるで別人のようになってしまうのが怖かった。だから大人になっても絶対お酒は飲まないと誓っていたんだ。でもそんなぼくを変えてくれたのはその人さ。
白ワインならいくら飲んでも大丈夫って本当?!
今よく飲んでいるのは白ワイン。以前は赤ワインと焼酎、(ぬるくなった黒ビールも好きだったな……)をかなり飲んでいたんだけれど、あることがきっかけで白ワインが多くなった。
それはね…… 映画の撮影で北海道の小樽に行ったときのことさ。
千歳空港で20年ぶりくらいに気功の先生にばったりお会いした。「うわぁ、お久しぶりです!」「竹中さん、お元気でしたか?」となって、空港の待合室のベンチで背中をさすってもらったんだ。
すると、三枝先生はぼくの背中を静かにさすりながら
「竹中さん、赤ワインよく飲んでる? あと焼酎も……」
「あっ、はい!よく分かりましたね!」
「…… 竹中さんはね、白がいいな。白ワインだったらいくら飲んでも大丈夫」
その言葉にびっくりして、素直にその言葉を信じて、今では白ワインを飲むようにしているのさ。焼酎はたまに飲むけれどね。
お酒を頼むのは未だに照れるのだ
「白ワインの中でもぼくのこだわりはね……」なんて、しっかりとしたこだわりを書けたらかっこいいんだけれど…… ぼくにはこだわりみたいなものはいっさいない。ぼくはね、ただ気持ち良く酔えればそれでいいんだ。
お酒を頼むこと自体、いまだに恥ずかしさがあるかな。松田優作さんが「バーボンのソーダ割」ってかっこよく注文している記憶が残っているからね。お酒を頼むことはハードボイルドな世界という感じがして、どうも自分で頼むのがいまだに照れ臭いよ。
お酒のデビューが遅かったせいもあるのだけれど“ただ気持ち良く酔えれば良い”だけだからお酒の種類も知らないんだ。全く、恥ずかしい大人だな……。だからいつもちょっと間の抜けた声で「あ、白ワインで! あ、辛口であればなんでも!」みたいな感じで頼んじゃうんだよね……。
先日、布施という高校時代の同級生に、小坪海岸の飲み屋さんに連れて行ってもらったんだ。
その店は50年前からある昔ながらの魚屋さん兼飲み屋さんで、メニューにはビールもしくは焼酎しかない。そういう店なのにぼくは「すいません、オーガニックワインなんてあったりしますか?」などと聞いてしまった。最低だろ? 店のおじさんに「んなもんねえよ! なんだそれ? あ? オーガ?」と言われてしまった。
しまった…… なんてことを言ってしまったんだってめちゃくちゃ恥ずかしい思いをした。でもね、そのおじさん、近くの酒屋でわざわざ白ワイン買ってきてくれたんだよ。怖そうに見えて本当は優しいおじさんだった。
もう68歳にもなっちまったから、さすがに飲む量は減ってきたけれど、いちばん飲んでいた頃は朝まで飲んでたな。飲めなかった頃の自分が見たらびっくりさ。お酒を飲むこと、酔っ払うことが楽しくて楽しくてたまらない50歳のぼくだったんだ。
二日酔いのままドラマの撮影に向かったこともあった。息子役の二宮和也くんに「おやじー! また2日酔いかよ〜!」ってよく怒られてた。情け無いね。
カラオケにしょっちゅう行ってたときがあったなんて
50代の頃は、舞台の本番を終えた後、観にきてくれたともだちや出演者とよくカラオケに行ってた。いや、よくどころか毎日だ。よくそんな元気があったなって今では信じられない。
映画の打ち上げでも必ずカラオケに行っていた。原田知世ちゃんに出演してもらったぼくの監督映画『サヨナラCOLOR』(2005年)の打ち上げで、酔っ払ったぼくらが知世ちゃんの『時をかける少女』を何度もリクエストするんだけれどその度に知世ちゃんのマネージャーがキャンセルして、でもマネージャーの隙をついて『時をかける少女』の前奏が流れた時は盛り上がったな!
知世ちゃんはしっかり歌ってくれた。そのときはキョンキョンもいたんだ。だからね、知世ちゃんとキョンキョンと2人で『時かけ』を歌ったんだ。信じられない時間だった。あっ、そうだ、下北沢のカラオ館だった! ガラケーの時代だったからね誰も動画なんて撮ってない。撮っていたらかなり貴重な映像だったね。
『サヨナラCOLOR』という映画は『SUPER BUTTER DOG』の名曲『サヨナラCOLOR』に惹かれて作った映画だよ。
ぼくにとって映画は夢。
でも夢に向かうのは本当に大変なことだと思う。
負けそうになることばかりだものね。SNSってやつもなんだか怖い。
何が本当なのか何が嘘なのか分からない世界だものね。人の言葉に惑わされる事ばかりであまりにも情報が多すぎて困ってしまう。
困って困って困り抜いて生きていくしかないのかな。
いやなやつもいるし、
いい奴もいるし、
底知れぬほどいやなやつもいるし、
底知れぬほどいいやつもいるもんな……。
さあみんなで困ろう! 困りまくろう! 笑顔であればいいことがある。そんな言葉は絶対ぼくは信じない。生きていることは奇跡。ぶつぶつ愚痴を言いながらなんとしても生き抜こうぜベイビー。なんて思っています。
文:竹中直人
イラスト:平尾香
俳優・竹中直人のほしい論を語るインタビュー
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